ピリドキサミン

ピリドキサミンと精神疾患

私たちが喜怒哀楽を感じたり、様々なことを感じたりする時、脳内では「神経伝達物質」が行き交っています。神経伝達物質は神経細胞と神経細胞を接続する部分(シナプス)から分泌され、他の神経細胞へ情報を伝達します。神経伝達物質には様々な種類があり、その中でアミノ基を有した物質を脳内モノアミンと言います。代表的なものとして、抗ストレス作用を有するγ-アミノ酪酸(GABA)、精神安定をもたらすセロトニン、意欲や多幸感を高めるドーパミンなどがあり、これらは自閉スペクトラム症、月経前症候群 / 月経前不快気分障害などの精神疾患の発症に関与することが知られています。

当研究室で開発中のピリドキサミンは、天然ビタミンB6のひとつのタイプです。水溶性のビタミンで、極めて安全な医薬品ですが、日本を含めて先進国では未承認の医薬品です。ピリドキサミンは、GABAやセロトニンの産生や代謝を改善し、脳内でのこれら神経伝達物質の増加をもたらすことが、化学反応や動物試験から推測されています。

当研究室は、東京都医学総合研究所と共同で、自殺や殺人といった自傷他害行為を伴う重篤な統合失調症の多発家系からグリオキサラーゼ1(GLO1)遺伝子変異が原因であることを見出したことを皮切りに精神疾患領域における検討を開始しました。グリオキサラーゼは解糖系から生成する反応性カルボニル化合物(RCOs)であるメチルグリオキサールを無毒化するので、グリオキサラーゼの活性低下に伴い蓄積するRCOsにより脳内モノアミンが捕捉されてしまうことが、統合失調症の一部の発症機序であることと示唆されました。ピリドキサミンは、脳内モノアミン生合成に不可欠な補酵素としてその産生を促進するだけでなく、カルボニル化合物による脳内モノアミンの分解を阻害することで、脳内モノアミンの量を調節する作用を有すると考えられます。

医師主導治験

統合失調症に対する前期第Ⅱ相医師主導試験と後期第Ⅱ相医師主導試験を実施済、自閉スペクトラム症に対する臨床研究と第Ⅱ相医師主導試験を実施済、現在月経前症候群(PMS)及び月経前不快気分障害(PMDD)に対する臨床研究の後に第Ⅱ相医師主導治験を実施中です。なお、更年期障害の臨床研究を実施する予定です。

精神領域での薬剤の有効性を評価する第Ⅱ相試験で重要な点は、1)適切な対象患者の選定と2)プラセボ効果を減少する治験計画です。統合失調症、自閉スペクトラム症、月経前症候群(PMS)はいずれも多様な精神症状を呈するheterogeneous(質的に異なる)な疾患集団ですが、ピリドキサミンは全ての症状に有効な薬剤ではありません。本薬剤の有効性を適切に評価するための対象患者を適切に選択することが重要な課題であり、自閉スペクトラム症では知覚(聴覚)過敏の患者集団を、月経前症候群(PMS)では精神症状の強い患者集団を、統合失調症では陰性症状を呈する患者集団を治療対象と考えます。

heterogeneous(質的に異なる)な疾患や症状のために統計学的な有意差を得るには多くの症例数が不可欠です。また、精神領域での治験では、プラセボ効果が強く影響することが治験の評価を困難にする大きな原因となっています。

統合失調症及び自閉スペクトラム症の第Ⅱ相試験では、プラセボ効果が強く影響しました。そこで、現在実施中のPMS/PMDDの第Ⅱ相試験では、最初にプラセボ薬のみを登録患者全員に服用頂き、有効性を認めた患者(プラセボ効果が高い患者集団)を除外した患者を対象に、実薬とプラセボ薬の二重盲検法による試験(プラセボリードイン方式)を採用し、プラセボ効果の排除による適切な薬剤評価の手法を採用しています。

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